本願寺出版社 閉じる

大乗平成22年3月号掲載 私と親鸞聖人 ■インタビュー■
無条件で抱きしめられる世界を
兵庫大学生涯福祉学部教授・釈徹宗さん
たぶん今、浄土真宗のお坊さんの中でマスコミに一番よく登場するのがこの人。次々と出版される著書や新聞・雑誌のコラム、講演会、シンポジウムにもひっぱりだこ。現代人に「宗教」をやさしく語る釈さんにとっての親鸞聖人とは。
写真

●仏教は人類の知恵の結晶
――仏教だけでなく、宗教全般をわかりやすく解説した釈さんの本が次々と出版されています。宗教をテーマにしたシンポジウムにもよく登場されていますね。釈さんがこんなに忙しいというのは、いわゆる宗教ブームなのでしょうか。

 ほんとですよね。仏教に興味をもっている人が多いのは確か。仏像の公開やお遍路に、こんなに大勢が集まるのかとびっくりすることもありますね。
 近代文明が行き詰った1970〜80年代あたりから、精神世界ブームや宗教回帰現象が起こりましたが、欧米でのカルト宗教事件、日本のオウム事件でぺしゃんこになってしまった。しかし、宗教的なものへの渇望は続いていて、今ようやく伝統的仏教に目が向き始めたのではないでしょうか。
 現代社会は繊細な人ほど傷つき、生き難い。だから自分を守るためにバリアーを張ったり、わざとセンサーを鈍くして生きている。お寺はそうしたバリアーをはずし、センサーを全開にできる場所。仏教が別の扉を開いてくれるのでは、と求めている感じはします。
 ただ、信者になるとか、教団や宗派に属するという気持ちはなくて、息苦しい世の中を生きるヒントになるのでは、という期待感。生き方そのものを変えたいのではなく、自分をキープしたまま関わりたいようです。たとえば親鸞聖人には興味があるけれど、浄土真宗にはないとか……。
 そもそも宗教では、自分というものが一度ボキッと折られなければ扉は開きませんね。宗教を情報や消費財にしている限り、生きていく力にはならない。とはいえ、中には身近な人の死や自分の苦悩を契機として真剣に仏法を求める方もおられます。そういう人は、仏教によって新しい扉が開かれることもあるでしょう。仏教は、苦悩をいかに引き受けて生き抜くか、また死にきるかが示された、人類の知恵の結晶だといえます。
 手を伸ばせば、こんな面白い体系がある。ちょっと耳を澄ませば、今この時間、この場が、豊かなものに支えられていることがわかる。もっといろいろなものを感じてみませんか……私個人はこのようなメッセージを送っているつもりです。

つづきはご購入いただいてお楽しみください。
閉じる