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大乗平成21年3月号掲載 この人に聞く ■ひとすじの道■
み仏の願いを伝える
仏師・江里康慧さん
「仏師」とは、仏像をつくり、荘厳する人のこと。しかし、どれほど素晴らしい仏像であっても、作者である仏師について語られることは少ない。現代仏師として活躍し、海外でも高い評価を受ける江里康慧さんを訪ねた。仏教とは、仏をつくるとは……江里さんが語る仏師の道は想像以上に厳しく、奥深いものであった。
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●仏師にだけはなるまい……
江里さんが主宰する平安仏所は、京都・岡崎の閑静な住宅街にある。一般の民家と変わらないたたずまいに、少し意外な気がした。
江里さんの印象も違った。仏像をつくる生活、たぶん気難しい方ではないかと緊張したが、温かく、穏やかなお人柄がすぐに伝わってきた。
現代を代表する仏師。国内の有名寺院に江里さんの仏像が納められているほか、国際的にも高い評価を受け、多くの作品が海を渡っている。西本願寺の仏師で組織される仏匠講の講長でもあり、神戸別院、高岡会館、西本願寺の参拝会館や京都府城陽市に設立されたビハーラ本願寺、そして各地の寺院や宗門校などにも阿弥陀如来像が安置されている。
父・宗平さんも仏師。後を継いだわけだが、「仏師にだけはなるまいと思っていました」という意外な言葉から、取材は始まった。
昭和18年、江里家の長男として京都市に生まれる。お父さんは西本願寺直属の仏師のもとで修行され、子どもの頃から阿弥陀如来像は身近な存在だった。
「私が生まれた戦争中は、仏師の歴史の中で一番厳しい時代。戦後も仏像どころではなかった。仕事がなくて、苦労している父の姿を見てきましたし、父も仕事を継げとは一言も申しません。むしろ私より弟の方が、父のそばに座って真似事をしていたので、弟が継ぐかなと漠然と思っていました」
江里さんが目指したのは彫刻家。全国で唯一、公立高校で美術課程をもつ日吉ケ丘高校に進学し、夢を育てていた。人生とは不思議なもの。長じて、仏師にだけはなるまいと思っていた江里さんは仏師に、そして弟の敏明さんは江里さんがあこがれた彫刻家となった。
高校卒業を間近にしたある日、お父さんの親友であった仏師・松久朋琳氏がふらりと遊びに来て、手伝いに来ないか、と声をかけた。
「四天王寺の仁王像を1年間かけてつくる500年に1度あるかないかの大仕事。父は明けても暮れても、家庭の仏壇に納まるような小さな仏像をつくっていましたから、5メートルを超すという大きさに惹かれました」
彫刻家になるための経験、と軽い気持ちでのスタートだった。

つづきはご購入いただいてお楽しみください。
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