
「もういいよ。母さん、ありがとう。みんなにもありがとうって言ってね。ぼくはいきます」と感謝の辞を残し、息を引き取った有国遊雲さん。
この最期の言葉は、朝日新聞をはじめとしたメデイアでも大きく紹介されました。
1991年、京都で生まれた遊雲さんは、2003年、12歳で小児がんを発病しました。がんを「影丸」と名づけ、発病時から死に至るまでの3年間、がんと向き合い、受け容れ、生きました。この間、3度の手術、抗がん剤治療を受けながら、中学1年生の夏休みの宿題で作った河川愛護推進標語「川が好き 川にうつった 空も好き」で国土交通大臣賞を受賞します。治療優先だった中学生活の中で出来上がったこの作品を「きっとこころの眼でみた風景ではないだろうか」と父親である著者は言います。3度目の手術では右脚を膝上から切断する手術を受けましたが、がんは既に肺や骨盤に転移していました。
最期は、後世のため治験中の抗がん剤を自ら希望し治療に臨みましたが、2006年12月3日15歳の若さでこの世を去りました。翌年3月、遊雲さんが通っていた中学校の卒業式で、遊雲さんの名前が呼ばれたとき、卒業生みんなの「はい」という声が響き渡りました。
ありくに・ともみつ
1957年 山口県に生まれる
1983年 東京大学文学部卒業
1985年 東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了(印度哲学専攻)
卒業後、塾や予備校などで勤務
現在、浄土真宗本願寺派長久寺(山口県)住職




