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質問5:神と仏は同じなんでしょうか、違うんでしょうか。教えてください。
 「神」も「仏」も多義的ですからねぇ…。特に「神」を定義することは簡単ではありません。
 まあ、一番わかりやすいのは「仏」と、ユダヤ教・キリスト教・イスラームで語る「神」。これはまったく別物です。仏教で言う「仏」とは仏陀(ブッダ=目覚めた人)のことですから、「悟りを開いた人間」のことを指します。ユダヤ・キリスト教・イスラームの神は万物の創造主であり、唯一無二で絶対なる存在です。人間が神と成ることはありえません。このあたりは、「未収録記事」にも載っています。
 しかし、このような絶対なる唯一神という概念は教義や哲学によって練り上げられて完成しているという側面があります。つまり実際に大衆の信仰現場では、たとえ一神教と呼ばれる宗教においてさえ「神」はもっと信仰対象全般を指すことも多いのです。
 また「仏」にしても、大乗仏教で語られる仏さま方(大日如来や阿弥陀仏など)は、ある意味教えをシンボライズした超越的存在です。あるいは、ヒンドゥー教なら仏陀も神の化身となっています。
 私たちを含めた多くの日本人が「お願い、神さま仏さま」と言っているのも、祈りや願かけなどの宗教的行為の対象となるすべてのものを含んでいます。このレベルでは神と仏を区別することはあまり意味をもたないことになってしまうかもしれません。
 ねっ、簡単に説明しにくいでしょ。
 ついでに言いますと、日本では、神道や土俗のカミも、仏教の天部も、キリスト教のGodも、みんな「神」と呼んでいるのでよけいややこしいのかもしれません。かつて日本ではキリスト教のGodは天主などと訳していました。神という言葉を使いだしたのは結構新しくて、1950年代後半になってからです。やっぱり、「神さま」って言うより、「主よ」なんていう表現のほうが私はぐっとくるけどなぁ。
質問6:釈先生は、なぜ浄土真宗を信仰しているのですか?
 ううむ、身も蓋もなく言ってしまうと、浄土真宗の寺院に生まれたからです。もし日蓮宗の寺に生まれていたら日蓮宗の僧侶になっていたかもしれませんし、牧師さんの息子に生まれていたらプロテスタントのクリスチャンになっていたかも(ほんとに身も蓋もない…)。「なんだ、そんないい加減なものなのか」とお感じになるかもしれません。宗教とはもっと自分自身の存在をかけて真実の道を選びとるものだ、とお考えの方もおられるでしょう。ごもっともです。志が低くて申し訳ないです。
 でも実際には、あらゆる宗教を学び体験した上で自分の納得できたものを選ぶ、ということは不可能です。なにしろどの宗教・宗派の道をたどっても、一生かかりますから。私は、自分にご縁のあった宗教・宗派を「良いご縁」と喜んで、そのご縁をたぐって道を歩めばよいのではないかと思っています。だから私自身は浄土真宗の道を歩こうと決めています。そもそもいろんな宗教や宗派を理解するにも、自分自身のきちんとした軸なしでは困難なんですよね(他宗教や他宗派との対話についてはまた別の機会に…)。
 また、いくら強いご縁があったとしても、まったく自分が納得できないものであったなら、やはり離れたことでしょう。いまだに浄土真宗とのご縁を喜べていることは幸せなことかもしれません。なにしろ私の場合は、そもそもが宗教性に乏しいヤツですから(これまたお恥ずかしい…)。たまたまお寺に生まれたので、宗教についていろいろ考えるようになったんですが、もしそうじゃなかったら宗教をバカにするようなイヤなタイプですね、きっと。だからこそ仏様は私をお寺に生まれさせたんじゃないかな、と思っています。
質問7:南無阿弥陀仏とか南無妙法蓮華経とか南無大聖不動明王とかってどういう意味?
 本書(『インターネット持仏堂』)にも書きましたが、「南無」はサンスクリット語の「ナマス(namas)」、パーリ語の「ナモ(namo)・ナマ(nama)」を音訳したものです。礼拝する・恭しくおし頂く・おまかせするといった意味です。それで訳語は「帰命」や「帰依」などが使われます。つまり、「南無阿弥陀仏」や「南無妙法蓮華経」とは、「阿弥陀仏(=限りない光と生命)におまかせいたします」や「妙法蓮華経(=法華経)に帰依します」といった意味です。つまり定型の信仰告白ですね。「ナモ〜」というのはアジア各地で見られる形態です。ヒンドゥー教でも、「ナモ・ガネーシャ(商売の神様)」や「ナモ・ビシュヌ(愛の神・宇宙を維持する神)」などと称えます。
 ところで、今では念仏といえば「南無阿弥陀仏」と称えることを指すようになりましたが、もともと「仏を念ずる」というイマジネーションやメディテーションの行でした。それを「口で称えることが第一義である」と転換したのは法然上人です。
 さて、真宗では「自分の称える念仏などない、南無阿弥陀仏は仏の呼び声である」、という宗教体験の世界を語ります。真宗のとてもユニークなところです。

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